腱鞘炎な物語

腱鞘炎な物語(第1話)


最近また腱鞘炎が再発した。
持病となってしまったのだろうか。。。

思えば去年の初夏、お風呂上りに身体を拭いていると
腕に電気がはしった。気にせずしばらく放っておいたが
鍵を回すことも困難になり、近くの整形外科へ行った。

以前ガラスを踏んで歩くことも困難になったとき
診てもらった先生なので安心していたのだが
いきなり
「レントゲン撮りましょう。」
と言ってレントゲン室に連れて行かれた。
"身体を拭いて骨なんか折れるはずがないやんかぁ"
と思いながらも、角度を変えて3枚ほど撮られてしまった。
「現像にしばらくかかりますので待合室でお待ちください。」
と言われたので小さな待合室で待っていた。

しばらくすると
「○○さんお入りください。」
と僕の名前が呼ばれたので診察室に入ると
そこには3枚のレントゲン写真が飾られていた。
医者はその写真を診ながら
「骨は折れてませんね。」
と言いニヤリと笑った。

「ご職業は何ですか?」
と聞かれたので
「コンピュータ関係です。」
と答えると
「じゃあ腱鞘炎ですね。」
"じゃあって何!じゃあって"と思いながらも、たてつづけに
「職業病ですよ。」
「本当は固定して安静にする方がいいのですが・・・」
「それでは仕事に差し支えると思いますので」
「塗り薬を出しておきますね。」
「1週間したら又来てください。」
と言われたので、渋々薬を受け取り帰宅した。

1週間たっても悪くなる一方なので
その病院を再び訪れた。
「その後、調子はどうですか?」
と聞かれたので
「悪くなる一方です。」
と答えたら
「じゃあ注射しましょか。注射」
"注射で治るなら注射でもなんでもしてくれや"
と言う気持ちで
「はい」
と答えた。
手首の甲に注射されると、ぷっくら膨らんだ。
"なんじゃこりゃーふくらんでるでぇー。こんなんはじめてや"
と心の中で叫んだのもつかの間
「こんどは塗り薬の他に飲み薬もだしておきますね。」
と言われたので
「塗り薬は、まだあるので飲み薬だけで結構です。」
と答えると
その医者は眉間にしわをよせて
「わかりました。」
と言った。

待合室で薬を待っていると
手がビリビリしびれてきたので
薬を受け取る窓口に行って思わずこう叫んでしまった。
「手が手がシビレテキタァー!」
薬剤師さんは冷静に
「しばらくお待ちください。」
と言って診察室に消えて行った。
2・3分たって
(僕にはその間20分にも30分にも感じられたが・・)
「そういうものだそうです。」
と瞬き一つせずに言い放った。
"そんなら注射する前に後でシビレますからって一言いってぇやぁ"
"こんな病院二度と来ませんからぁー!残念!(死語(>_<))"
と心の中で叫び病院を後にした。




腱鞘炎な物語(第2話)


次の日、以前知人が入院していた
駅近くの大きな整形外科病院へ行くことにした。

そこは自宅から自転車で30分の所にあり
入院施設やリハビリ施設を備える整形外科専門病院である。

朝10時から診察が始まるのだが
100人も収容出来そうな待合室の座席は、
もうすでに殆ど埋まっていた。

受付は男女合わせて4人ぐらいが常にテキパキと応対しているように見えた。
その一人に
「初診なんですけど・・」
と言うと、その女性はにこやかに微笑み
「では、この紙に必要事項を書いて下さい。」
と言って1枚の紙切れを僕に渡した。

それには問診表と書かれていて、最後の記入欄に
今回の症状は、交通事故・仕事と関係ありますか。(はい いいえ)
と書かれていて、そこにはもちろん はい に○を付けた

そして受付の女性にに問診表を手渡すと、それを渋々と見つめ
「交通事故・仕事と関係あるということですね。」と聞いてきたので
「はい。仕事で腱鞘炎になりました。」と答えると
「では、労災申請されますね。」と聞かれた。

"労災?申請したら誰か医者料払ってくれるのかなぁ?"
"医者料?慰謝料?へっへっへっ慰謝料よこしやがれ"
"誰か僕の労災保険料払ってくれてる?"
"僕は会社員じゃないし。。。"
"僕は払ってないよ。"
"国が収めた税金で払ってくれる?"
"まさか?"

と自問自答した結果
「いいえ申請はしません。」
と答えた。

次に受付の女性は「先生はどの方にしますか?」と聞いてきた。

"え!指名制?"
"じゃ綺麗なやさしい女性の先生でお願いします。"
"なんて言ってみようかな。"
"プルルルルゥ・ダメダメダメ、そんな冗談通じるところじゃないし。。。"

と自問自答した結果
「どなたでも結構です。」
と答えた。

受け付けを済まして暫く待合室で待っていたが
30分たち、1時間たち、1時間半たっても一向に呼ばれる気配がない。

「ぐぅるぐぅるぐぅる」とおなかが鳴った。
"もうお昼だ。おなかすいたなぁ〜。"
"この病院には、売店も食堂もないし、どこかへ食べに行こうかなぁ。"
"とりあえず受付で、後どれくらいかかるか聞いてみよう。"
と思い受付で「後どれぐらいかかりますか。」と尋ねると

「○○さんですね。ちょっとお待ちください。・・そうですねぇ。あと20分くらいですかねぇ。」
と言われたので20分ぐらいなら待とう。と思って待合室に戻った。

それから10分たち20分たっても呼ばれない。
「ぐぅるぐぅるぐぅる。」
再び受付にいって
「まだですかぁ〜」「ぐぅるぐぅるぐぅる。。」と聞いても、
「もうすぐですから。」と答えるだけ。
「ぐぅるぐぅるぐぅる。。。」
「もういいです。おなかすいたのでもう帰りますから、保険証返してください。」
といってその病院を後にした。

「ぐぅるぐぅるぐぅる。。。。」

いつになったら腱鞘炎治るの。。。




腱鞘炎な物語(第3話)


仕事が立て込んでいたので腱鞘炎は悪くなる一方。
トイレに入って、お尻を拭くことが出来ないくらい痛い。
これじゃお相撲さんといっしょ。お尻拭いてもらうために弟子でも取らなくっちゃ。

相撲取りになれそうもなく、弟子をとれる程、裕福ではないので
もう一度同じ病院に行くことにした。

診察が午後にならないように早めに家を出て
またお腹がすくといけないので、おにぎり2個とお茶をコンビニで買って準備万端。
これで完璧。気長く呼ばれるまで待ちましょう。
そう決心し、病院に出かけた。

病院に着くと、先日受付した時に診察券はもらっていたので
問診表を書く必要もなく、受付に診察券を渡す。
さすがに診察開始時間まで1時間以上あったので、待合室には10人程度しかいなかった。

待合室に置かれているスポーツ新聞に目を通し、漫画雑誌を読んでいると
待合室は満席になって、診察が始まる時間になった。
「○○さん・△△さん・××さん・・第1診察室にお入りください。」
最初に5人の名前が呼ばれたが、その中には僕の名前はなかった。

しばらく待合室に設置されているテレビジョンを見ていると
「○○さん・△△さん・××さん・・第3診察室にお入りください。」
と僕の名前がアナウンスされた。診察が始まってからすでに1時間が経過していた。

ガラガラガラとドアを開けると、そこには5人程座れる長イスが置かれていた。
診察を受ける為の第2の壁、ここを通らねば診察を受けることが出来ない。

看護婦さんがやってきて
「確認しま〜す。呼ばれた方は手を上げてくださ〜い。」と言った。
長イスに座った一人一人が呼ばれ返事をする。
「○○さん。」「はい。」「△△さん」「はい。」「××さん」
僕の名前が呼ばれたので、元気よく「ハ〜イ。」と手を上げた。
このように名前を呼ばれて手を上げるのは小学生以来のような気がする。

第3診察室では○○さんが呼ばれ診察を受ける。
○○さんの診察が終わり△△さんが呼ばれ、△△さんの診察が終わり
僕の名前が呼ばれた。

第3診察室には秋元康に似たおぼっちゃま風の医師と国生さゆりに似た看護婦がいた。
その時僕の頭の中で流れた音楽はお察しのとおり
♪セーラふくお〜 ぬぅ〜がぁ〜さぁ〜ないでぇ〜♪

「どうされましたか?」と医師が僕に尋ねた。
「違う病院で腱鞘炎と診断されて直らないのでここに来ました。」と答えると
「どのへんが痛みますか。」と聞かれたので、僕は右手首の親指側を指差した。
「どれどれ。」医師は親指に圧力をかけ
「これは痛みますか」と尋ねた。
「アイタタタター!」僕の全身に電気が走った。
「なるほど。ドケルバン病ですね。」と医師は言ってB5サイズのパンフレットを見せた。

ドケルバン?如何にもドイツ語!ドケルバン。
ドイツにはドケルバン伯爵やドケルバン大佐なんかが居そうな気がする。

そんなことを思いながらパンフを見ると
そこには、ドケルバン病とは?と書かれた大きな文字のタイトルがあり
コンピュータのディスプレイとキーボードのイラストと
キーボードに向かって親指を連打している男性のイラストが描かれていた。
そのパンフレットを見て僕は
"キーボードは良く使うけど、そんなに親指連打しないしぃ〜。"
と心の中でパンフに向かってツッコミを入れた。

医師はそのパンフを僕に手渡し、親指の腱鞘炎のことを"ドケルバン病"であることを告げ
「何か原因が考えられますか」と僕に尋ねた。
「そうですね。最近携帯電話を変えたくらいですかね。」
と僕は言ってプレミニUを手に持った。

「ちょっと見せていただけますか。」と言われたので医師に手渡すと
医師と看護婦は見つめ合い
「ちっちゃいですねぇ〜。」
と言って携帯電話の番号を自分の親指で押し
「これはキテマスねぇ〜。」と言ったので
僕は心の中で
"あんたはMr.マリックか"
と医師に向かってツッコミを入れた。

「そんなに辛いのなら注射一本打っときましょうか。」と医者が声をかけてきたが
「注射は前の病院で打たれましたので、結構です。」と僕は言った。
すると医師は
「では、シップと飲み薬を出しておきますので、しばらく様子を見てください。」と言ったので
僕はポケットから前の病院でもらった薬を差し出し
「前の病院ではこんな薬をもらったんですけど・・・。」と言うと
その薬を見て医師は目を丸くし、首をかしげた。

この仕草から僕は、この医師が頼りない、ますますおぼっちゃま医師に思えてきた。

看護婦はその様子を見て分厚い辞典を持ち出してきた。
そして分厚いページをめくりその薬を見つけ、キリっとした表情で医師の前にかざした。

この表情から僕は看護婦が頼りがいのある頼もしい存在に思えてきた。

医師は、なるほど、という表情を見せ
「まったく同じ薬はこの病院では取り扱っていませんが、同じ効果があるお薬を出しておきますね。」
と言って看護婦に指示した。
そして、キリっとした看護婦は僕の右手にシップを貼り、手首が動かないように包帯を巻いた。

医師は「また来週の火曜日来て下さい。」と言ったが
僕の耳は、馬の耳に念仏、馬耳東風。
担当医師が書いてある掲示板を見て、木曜日に来ようと心の中で誓った。




腱鞘炎な物語(第4話)


次の週の木曜日、病院に行くと第2診察室にはきりっとした医師がいた。
医師の隣にいる看護婦さんは、小柄で新人のような初々しさが感じられる。

僕の右腕には包帯が巻かれていた。
僕は、自ら包帯をはずし、シップを剥がして医師の言葉を待った。

「調子はどうですか?」と医師は、きりっとした表情で僕に尋ねた。
「少し楽になったような気がします。」と僕が答えると
どれどれ。と僕の右腕は医師に掴まれ、医師の体へと引き寄せられた。

「これはどうですか?」と医師は僕の親指を押した。
「アイタタタタぁ。」
「じゃ。これはどうですか?」と医師は僕の親指を回した
「アイタタタッタぁ。」
「良くなってませんね。」と無表情に医師は僕に告げた。

「注射をしてやわらげることも可能ですが、以前注射されてますね。」
「注射を何度も打たれる医師はいらっしゃいますが、僕は注射を何度も打つことを好みません。」
「注射を打つのは3ヶ月に1回程度が限度だと思ってます。」
「どうなさいますか?」と医師は自分の意見をきっぱり言い、僕に問いかけてきた。

この時僕は、自分の考えをきっぱり言えて、患者に問いかけてくる医師の態度を見て
僕の前にいる人物が医師から先生へと変化するのを感じた。
そしてこの先生なら、安心して任せることが出来ると初めて思った。

僕の脳裏に前に注射を打たれた時のぷっくら膨らんだ手が現れた。
僕はそれをプルプルプルゥと振り払い「注射は結構です。」と言うと
「このままでは良くなるとは思えませんので、ギブスで固定しますか?」
「お金はかかりませんので、上で作ってもらいますか?」
と先生はギブスを右手にはめることを僕に提案した。僕はその提案に賛成し、2階へと上がった。

2階はリハビリ施設のようになっていて、大勢の人がマッサージやら
器具を使って、リハビリを行なっていた。

「○○さんですか?」と僕に向かって1人の整体師さんが声をかけてきた。
第2診察室にいた看護婦さんより体は大きいが、初々しい女性の整体師さんだ。
僕は木で出来ているひとつのテーブルに案内され、木の椅子に座った。

そこでは、積み木のような器具を使って、手のリハビリをやっている婦人がいた。
僕はその横で初々しい整体師さんの指示を受け、腕相撲のような格好をとっていた。
僕の目の前には空想上のアームプロレスの戦士がいた。
その戦士はニヤリと僕に笑いかけ、僕に戦いを挑む。

整体師さんは、小さな穴の開いている特殊な樹脂で出来た板を取り出し
僕の手の寸法を測っていた。鉛筆で印を付け、角度を変え、また印を付ける。
不安な表情で先輩の男性整体師の方をキョロキョロ見てドライヤーで熱を加えた。
すると特殊な樹脂で出来た板は見る見るうちに変形し、湾曲した。

アームプロレスの戦士との戦いを前にした僕の腕に、湾曲した板が巻きつけられ
親指を通すための穴を作るため、再び鉛筆で印を付けた。
印を付けられた筒状に湾曲された板は、別の部屋へ持ちこまれ
先輩整体師と新人整体師の二人に見つめられていた。
どうも新人整体師はドケルバン用のギブスを作るのが始めてだったようだ。
それに気づいた僕は、戦士との戦いどころではなく、新人整体師に戦いを挑まれることになる。

穴を開けられた筒状に湾曲された板の穴は、僕の親指に通された。
「アイタタタタ。」小さくて付け根までとどかなかった。
新人整体師は、修正するため板を親指から引っこ抜く。
「アイタタタタぁ。」僕は呻き声を出す。同じことが繰り返され、やっと穴の大きさが決まった。

新人整体師は、次はどうしたら良いのか分からなかったらしくキョロキョロしていた。
たまりかねた先輩整体師は、新人整体師の所にかけ寄りアドバイスした。
"せんぱ〜い。お願いですから先輩が作ってくださいよぉ。"と僕は心の中で願ったが
その願いは先輩には届かなかった。

新人整体師は、板の残った切れ端で指輪を作ろうとしていた。
切れ端を親指に巻きつけ、指の太さを測る。
測られた切れ端は、端と端が溶かされ指輪へと変身した。

僕は再び腕相撲の格好をさせられ、親指を通すために穴が開けられた筒状に湾曲された板を腕に巻かれた。
そして穴に通された親指に、切れ端で作った指輪が通された。
「どうですか?親指曲がりますか?」と聞かれ親指を曲げたが曲がらなかった。
"ま、ただやから仕方ないか。贅沢は言いまへん。修正なら自分でもでけるしぃ。"と思って
「大丈夫ですよ。」と答えた。すると、新人整体師はほっとした表情を見せ
親指の穴が開いている場所に指輪をドライヤーでくっ付けた。

僕は新人整体師と一緒にギブスを付けたまま1階の第2診察室に戻った。
「どうですか。ちょっと見せてください。」と言って先生はギブスを舐めるように見た。
「ちょっと不自由かもしれませんが、仕事の時意外は付けてください。」
「本当は、仕事の時も付けていた方が良いのですが、無理でしょうから。」
「あ、さっき無料だと言いましたが、2000円程かかるようですので。」
と僕に言い、新人整体師に向かって「ごくろうさま。ありがとう。」と御礼を言った。
すると新人整体師はニコリと笑い、ペコリと先生に向かって挨拶し、診察室を出て行った。

僕はこの時、この新人整体師はアームプロレスのチャンピオンより強敵かもしれない。と思った。



腱鞘炎な物語(第5話)


家に帰り、早速ギブスの修正を試みた。
ギブスをドライヤーで暖め、親指にはめられた指輪のサイズを大きくし、親指を曲げてみる。
まだシックリこない。今度は指輪の高さを低くする。う〜ん、こんなものかな。

試行錯誤した後、ついにギブスは完成した。ドケルバン養成ギブス。じゃなくてドケルバン抹殺ギブスだ。
ギブスを装着すると手首は固定され、動かすことが出来なかった。試しにパソコンのキーボードを叩いてみた。
右手で上段に配列されているキーを叩く時に下段に配列されているキーに触れてしまう。
やはり、仕事の時は外さないといけない。その時そう思った。

通勤電車内でも装着していると周りの視線を感じる。障害者の気持ちが少し分かったような気がする。
仕事場では外して仕事するが、右手にシップを貼り包帯をぐるぐる巻きにしているので
初めてその光景を見る人は必ずといって良いほど○○さん、どうしたんですか?と聞いてくる。
僕は冗談半分に「夜、家内と歩いていると、悪い奴に絡まれましてねぇ。」
「そこで1発殴ってやると、こうなりましてん。」と言うと、相手は「へぇ〜そうですか。」と言う。
「ある時には真面目にドケルバン病ですねん。」と言うと、相手はキョトンとする。
腱鞘炎という言葉は浸透しているが、ドケルバン病と言って分かる人は少ない。

そんな状態が1週間続いて木曜日になった。僕と先生は第2診察室にいた。
「調子はでうですか?」と先生は僕に尋ねた。
「ちょっと良くなったと思いますけど・・・」と僕が答えると
裸になった僕の右腕を掴み、パチンコのハンドルのように僕の手首を回した。
「どうも手首が硬くなっているようですね。」と言い、親指を押してきた。
「あ、イタタタタ。」突然の出来事に少し間があいて声が出た。
「ギブスをはめても良くならないようでしたら、手術が必要ですね。」と先生は僕に告げた。
「手術となると入院が必要なんでしょうか。」と、か細い声で僕が先生に尋ねると
「簡単な手術ですので、その日に帰れますよ。」と先生はやさしく僕に囁いた。
「少し考えさせて下さい。」と言って僕は病院を後にした。

「少し考えさせて下さい。」とは言ったものの殆ど気持ちは手術に傾いていたが
家に帰ると少し手術が不安になってきたので、ネットで調べてみた。
すると、そこには皮膚が取り除かれた手首の写真が掲載されていた。
おぇ〜。ゾンビぃ〜。気分が悪くなってきて、トイレに駆け込んだ。
トイレの中で僕の気持ちは手術から遠ざかっていった。

パソコンの前に戻って手術をしないで良い方法をネットで検索してみた。
蜂針療法というミツバチの針で治療する方法もあるらしい。
そのHPによると、生きたミツバチの針をピンセットで抜き取り
その針に含まれる針液を注射のようにツボに刺すらしい。

ミツバチか・・足長バチなら家の前におるんやけどなぁ。
ミツバチなら春まで待たんといかんなぁ。とその時思ったが
もし、その時、目の前をミツバチが飛んでいたなら、捕まえて試していたかもしれない。
その時はそれほど、せっぱつまっていたのだ。

手術に踏み切れず、病院に行かずにシップを貼ってごまかしていると
貼るシップがなくなってきた。明日から出張なのでシップがないと困る。
仕方がないので近くのドラッグストアーにシップを買いに行くことにした。

テレビではインドメタシン配合という言葉が溢れていた。
「腱鞘炎なのでシップが欲しいのですがインドメタシン配合のんってありますか?」と店員に聞いてみた。
すると店員は「インドメシタンですね。」と答えた。
インドメシタン??自分の記憶ではインドメタシンだったが・・・
記憶に自信がなかった僕は、「はいそうです。」と答えた。

次の日、インドメシタンじゃなくてインドメタシン配合のシップを貼り
包帯で右腕をぐるぐる巻きにし、ギブスを付けて新幹線に乗った。
右腕に視線を感じるのはもう慣れっこになっていた。

その仕事先へ行くのは腱鞘炎になって初めてだったので
僕の右腕を見て驚き、案の定「○○さん、どうしたんですか?」と聞いてきた。
「腱鞘炎ですねん。」と軽く答えると
「僕も前に腱鞘炎になった時、ここを揉んでると良くなりましたよ。」
「この辺を押してみて痛いところを揉むと良いですよ。」と
右腕の肘よりも3cm程、手首よりの親指に繋がっている筋を左の指で押した。
押してみると、ピリっと痛みが走った後、揉んでいると気持ち良くなってきた。
この方法は、知り合いの整体師さんに教えてもらったらしい。

出張から帰ると早速病院に行った。
ギブスをはめていない僕の右腕を見て先生はキョトンをした表情を見せたが
いつものように「調子はどうですか?」と聞いてきた。
「良くなりました。」と僕がきっぱり言うと
「これは、どうですか?」と先生はいつものように僕の親指を押した。
「大丈夫です。」と僕が答えると
「これはどうですか?」と違う方向へ親指を押した。
「痛くありません。」と僕がきっぱり言うと
「ほう。良くなってますね。これだと手術は必要ありませんね。」と先生が言ったので
ほっとして僕は胸をなでおろした。そして先生に
「この辺を揉んでいたら良くなりましたよ。」と言うと
「そんなことはないんですけどねぇ・・・」と医師は首をかしげたが
カルテにはきっちり、揉んで良くなったと書き記していた。。。

僕は首をかしげた医師の姿を見て、これぞ東洋医学の神秘だ!と思った。
そして僕の目の前にいる医師が、先生から医師へと降格になっていくのを感じた。

その後、ギブスで手首を固定していた為、手首が硬くなっていたので
軟式テニスボールで自己流のリハビリを行ない、生活には支障はなくなったが
いまだにラジオ体操第一の手首を曲げて、両肩に乗せるところで
左手の先は左肩に付くが右手の先が右肩に付かない。。。

おわり。かな?



インフルな風邪(第1話)


*注意事項
 食前・食間・食後の方は絶対読まないで下さい。


嘔吐は突然やって来た。
オエー。胃が収縮した。汚物は何も出なかった。
胃はここに有ったのだと改めて痛感した。

未だムカムカする。胃の位置が確認できていたので胃を触ってみた。
オエェェェー。再び胃は収縮し、液体が出た。指を口に突っ込んでみた。
腹筋運動のように僕の腹は変形し、流動体が出た。

思えば昨日の夜、寝る前に体のだるさを感じた。
今頃後悔しても仕方ないのだが、その時薬を飲んでいれば良かったと後悔した。

今日、朝起きたとき食欲がまるでなかった。
朝は何も食べられず、昼にプリンとヨーグルトを食べただけで、晩御飯も口にしなかった。
だから、いくら胃が収縮しようと何も出よう筈もないのだ。

僕は素っ裸のままで洗面所にいる。
汗が額から胸から溢れ出し、体を滴り落ちる。
それをバスタオルで拭い、暫くうな垂れていると汗がどんどん溢れ出した。
お風呂から出たらすぐに体を拭いて、冷やさないようにしなければいけない。
これは、風邪を引いて、お風呂へ入った後の鉄則なのだ。

少しムカツキが収まったので慌ててバスタオルで体を拭い
下着を着てトレーナーを着用した。
ウラだーウラだーウラウラだー。
慌てて着たために裏返しになってしまった。
体に悪寒がはしり、再び額から汗が顔を覗かせた。

身体を布団に横たわせ、瞼を閉じると、瞼の裏にあついものを感じた。
と言っても感動したわけではなく、熱を帯びていたのだ。

歌の文句じゃないけれど、壁際に寝返りうった。
眠れない。熱はあるのだが、体温を計る気力も無かった。
幽体離脱していないので、39度はいっていないのだと思った。

幽体離脱といっても天井から自分の寝ている姿を見るわけでも
双子のお笑い芸人、ザ・タッチのように身体が垂直に起きるわけでもなく
僕は39度以上熱が出ると、敷布団の感覚がなくなり
数センチほど宙に浮いたような感覚に陥るのだ。リニアモーターカーのように。
なんで。なんでなんで。

時は一刻一刻と過ぎていくが、睡魔が襲ってこなかった。
そうなると、船が羅針盤に導かれるかのように悪い方へ悪い方へと考えが向かう。
ノロウイルスではないだろうか。インフルエンザではないだろうか。
下痢はしていないのでノロではないだろう。でも、お腹がジュルジュルいっている。

パソコンの前に向かう気力が有ったらノロなのかインフルなのか風邪なのか
ネットで調べれば分かると思うのだが
喉が渇き、水を飲むために起き上がろうとするだけで悪寒がはしり
それどころではなかった。

そして僕は殆ど眠れず朝を迎えた。



インフルな風邪(第2話)


頭がボゥーとしていたが、吐き気は止まったようだ。
栄養ドリンクを飲み、症状をネットで検索してみた。
症状・吐き気・悪寒で調べてみると
B型インフルエンザの可能性が高いような気がした。

B型インフルエンザには、タミフルという薬が効くらしい。
しかし48時間以内に服用しないと効果が出ないようだ。
そういえば、去年インフルエンザが流行していた頃
このクスリが足りないと大騒ぎしていたのを思い出した。
まだ間に合う。そう思った。

お昼に、何とかおにぎりをひとかじりし、近くの診療所に行った。
しかし診療所は午前中の診療を終え、閉まっていた。
午後は16時から受付が始まるらしい。
しかし、タミフルは48時間以内に服用しないと効果がない。

家に帰って16時まで待とうと思ったが
近くに別の診療所があったことを思い出し、そこまで車を走らせた。
初めて行く病院だったので少し道に迷ったが、何とか辿り着いた。
しかし人の気配が感じられなかった。
看板を見ると午後の診療は16時30分からと書いてあった。
しかし、タミフルは待ってくれない。

診療所ではなくて総合病院なら開いてるに違いない。
いや、きっと開いてるはずだ。
そう自分に言い聞かせて、車を走らせた。

総合病院の自動ドアの向こうには待合室が見えていた。
人の姿を見ることは出来なかったが、恐る恐る受付の前まで行ってみた。
すると病院には不釣合いなOL風の事務員が
「どうされましたか?」と声をかけてくれた。
「インフルエンザで」と僕が言うと
「予防接種ですか?」と尋ねられたので
「インフルエンザにかかりました。」と答えると
「受付は16時からですので、今からだと時間外診療になりますが。」
と言われたが、僕は何も言わずに黙っていると
「時間外診療は、時間外手当がかかりますのでお高くなりますが宜しいですか。」
と間髪いれずに聞いてきた。

僕は今までに病気になって病院へ行っても
初診料含めて5千円以上払ったことが無かったので
財布には5千円札1枚しかなかった。
「5千円しか持ち合わせがないんですけど、大丈夫でしょうか。」と
か細い声で尋ねると
「しばらくおまちください。」
と言って事務員は奥の方へ引っ込んだ。

そして僕の前には最近見ないが、しばらくおまちください。ピーーーーーー
というテレビの画面が現れ、僕の頭は放心状態になった。

5分ぐらいたった後、事務員は僕の前に姿を現した。
そして僕に「初診料や検査料を含めると8千円ぐらいかかります。」と告げた。
これは陰謀だ。きっと日本医師会の陰謀に違いない。
そう思った僕の目の前には白い巨塔が現れた。財前教授の御回診です。
貧乏人は、こんな所に来るんじゃないよ。フォーフォ、フォ、フォー。

帰りのカーステレオからは癒し系の音楽が流れていた。
しかし、僕はその音楽に癒されることはなかった。

♪僕の〜お墓のまぁ〜えでぇ〜。
泣かないでください〜。♪



インフルな風邪(第3話)


僕は自宅に帰り、服を着替えベットに身体を横たえた。
少し眠っただろうか時計は15時半を指していた。

僕は再び服を着替えると、最初に行った診療所へ車を走らせた。
3台程しか駐車スペースのない駐車場には車は止まっていなかったが
待合室の明かりは点いていた。午後の診療時間開始まで15分だった。

扉を開けたが、患者は一人もいなかった。
受付を見ると白衣ではなく桃衣の看護婦さんがいた。
僕はその看護婦さんに保険証を渡した。
そして桃衣の看護婦さんはパソコンのキーを叩きカルテを検索した。

「以前こられてからだいぶ経っていますのでこれを書いてください。」
と桃衣の看護婦さんは、僕に問診表を手渡した。
そういえばここに来たのは4・5年前だったような気がする。

その問診表に症状を書く欄があり、嘔吐と書こうとしたが
嘔の字が思い出せなかったので吐き気と書こうと思った。
しかし、吐けと書いてしまった。
次に悪寒と書こうとしたが、寒という字が実のしたに 、、になってしまった。

妊娠してますか?という問いがあったので、してませんに○を付けた。
問診表を渡してしまってから気づいたのだが
男だからそこの問いは無視しておけば良かったのだ。

桃衣の看護婦さんはそれらのことは気にせず
「はきけとおかんがあるのですね。」と言って僕に体温計を差し出した。
僕は、桃衣の看護婦さんに吐かれなくてよっかた。
妊娠してませんに○を付けているのを見つからなくてよかった。と
ほっと胸をなでおろし、脇に体温計を挟んだ。


ピッピッピッピッピとアラームが鳴り僕は体温計を見た。
36度7分だった。平熱よりはちょっと高いが許容範囲である。
体温計を桃衣の看護婦さんに手渡し、しばらく待合室で待っていると
僕の名前が呼ばれた。ちょい悪おやじの声だった。

ここの医師はBMWのオープンカーに乗っていて
午後の往診もBMWで向かう中肉中背のダンディーちょい悪おやじである。

診察室に入るとイメージが変わっていた。
僕がしばらく見ないうちに、ダンディーちょい悪は年を取ってしまっていた。
髪の毛が白髪になり、ダンディーちょい悪じいさんになってしまっていたのだ。

「どうされましたか?」と医師は僕に聞いてきた。
「昨日吐きまして、寒気があります。」というと、医師は
「では、口を開いてください。」と言って僕の喉ち○こを見た。

僕はこの医師の行動パターンは熟知していた。
喉を見た後、「腫れてますねぇー。」と言う。
次に服を上げさせ、スイカのように胸を叩く。
そして後ろを向かせスイカのように背中を叩く。
最後にベットに仰向けに寝させて膝をまげさせ、腸の付近を押して
「痛くないですかぁー。」と聞く。
一連の作業が終わった後、医師は風邪であることを僕に告げた。

僕はへこたれずに医師に聞いた。
「昨日、凄く吐いたんですけど、風邪で吐いたことはないので
インフルエンザだと思うのですがB型の。」
医師は嫌な顔ひとつ見せずに
「心配なら検査しましょうか。すぐ済みますので。」と僕に言った。
「はい。お願いします。」と僕はきっぱり医師に告げた。



インフルな風邪(第4話)


未知の物質を採取した、ビッグ綿棒は、検査室に運ばれていった。

白衣じゃなくて、青衣の看護婦さんが検査薬を持ってきた。
医師は、去年我が県で発生したインフルザの患者は2名であることを告げ
「嘔吐が出るのはA型インフルエンザですよ。」と言いながら
長さが綿棒の3倍程もあるビッグ綿棒を検査薬から取り出し僕に近づけてきた。

僕は思わず大きく口を開けた。その瞬間、ビッグ綿棒は僕の目の前で静止した。
「鼻の穴へ入れますからねぇ。」
と言ったダンディーちょい悪じいさんの顔は、ほくそ笑んでいた。

ビッグ綿棒は僕の右鼻穴に入り、鼻孔を目指した。
長身のビッグ綿棒の身体が半分入ったが、未だ届かない。
川口探検隊のように奥へ奥へ、未踏の部分へ前進、前進。

オヴェェーーー。鼻血が出そうだ。
やっとの思いで到達点に達した時には、ビッグ綿棒の3分の2が埋もれていた。
その到達点は僕の目の奥深くにあったようだ。

未知の物質を採取した、ビッグ綿棒は、検査室に運ばれていった。
未知の痛みを知った僕は待合室へ引き返した。

待合室には、老々男女が4人いた。その中の一人が呼ばれたとき
診察室に僕の全財産が入っているショルダーバックを忘れたのに気づいた。
だが時は既に遅し。
次に呼ばれたおばあちゃんが診察室に入り、カーテンが閉められた。

僕の目はカーテンに釘付けになっていた。
男性ならカーテンを開けてショルダーバックを奪還するのだが
中にいるのは、おばあちゃんといえども女性である。
カーテンを開けるわけにはいかない。
周りを見渡したが桃衣の看護婦さんも青衣の看護婦さんもいなかった。

僕は仕方なくカーテンが開くのを待っていると
入り口から新しい患者が入ってきた。
大工の源さんといった風情のおじさんである。

その大工の源さんは座るや否や
「ちっとも治らんなぁー。」と言って「あがぁ・・・」と壁にもたれた。
それに気づいたのか桃衣の看護婦さんが体温計を差し出した。
大工の源さんは、それを脇に挟み
「おぉー。今日はちっとはマシや。」と言って機嫌よさそうに
「まぁー。点滴でも打って貰おかぁ。」と言って「あがぁ・・・」と壁にもたれた。

カーテンが開いた。おばあちゃんは点滴をするため奥に行った。
その後を追うように青衣の看護婦さんが僕のショルダーを持って奥へ消えていった。
その後を追って僕はショルダーを奪還した。

ショルダーを奪還して待合室に戻ると僕の名前が呼ばれた。
ダーティーちょい悪じいさんの声だった。
僕は今年初のインフルエンザ患者という宣告を受けるのを覚悟していた。

診療室でダーティーちょい悪じいさんは、僕に言った
「やはり、風邪ですね。」
「嘔吐があるのはA型インフルエンザで、熱が39度40度はすぐ出ますから。」
と再びインフルエンザの症状を説明し
「点滴しましょうか?体が楽になりますよ。」と点滴を僕に勧めてきた。
僕は風邪という言葉で体が楽になったので、丁重にお断りして診察室を後にした。
かかった費用は2240円だった。
僕はここには財前教授がいなくてよかったと思った。

自宅に帰った僕は、"病は気から"という言葉を改めて噛み締め
風邪を治すには1に体力、2に体力、3・4がなくて5に気力だと思って
ビーフステーキを食べた。

おわり。



 

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